ボランティアという名の奴隷未満労働をやってはいけない

ハードワーク

 

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台風が来たらボランティア、雪が積もったらボランティア、オリンピックでもボランティア、補助金せしめて募金が集まっても首里城の修復にボランティア。今ボランティアという名の無償労働が社会にあふれています。

 

本来の意味からかけ離れて完全な持ち出しを求められる「ボランティア」と名がつく無償労働に疑問を表明してみます。

 

 

 

1.昔の奴隷でも、3度のメシは出た!

 

食事

 

 

最近、やたらと「ボランティア」という名の無償労働がハバを効かせるようになりました。もちろん、本来の意味からはかけ離れています。ボランティア(volunteer)の意味は、「自発的に」、という意味です。

 

 

自分から進んで、奉仕活動などを行う。その活動に対して報酬を支払ってはならない、なんて定義はどこにもありません。にもかかわらず、国や企業はこの意味をねじまげ、体のいい無償労働として勝手に意味を決め、自分の利益のために他人を使い捨てようとしているわけです。

 

 

他人のため、と言いつつ実は自分の利益のために他人を無償で使い捨てる、これって昔の「奴隷」と同じじゃないか、という声が聞こえてきそうですがとんでもない、これは奴隷より扱いが悪いのです。

 

 

奴隷は持ち主の資産でしたので、不用意に使い捨て、死なれると所有者にとって損となります。3度の食事と休憩時間がちゃんと与えられていました。何もかも自分で用意しろ、なんてことは言われなかった。

 

 

つまり、現代のボランティアたちは食事すら支給されない、奴隷「未満」の待遇で、一見すると尊い目的のために、無償労働と資産の持ち出しを要求されているのです。

 

 

ここから見える本音は、「とにかく、自分は一切金を出さず、目的だけ達成したい。できればその手柄を自分のものにしたい」という、きわめて利己的なものだと推測できます。

 

 

利益を追求する企業でも問題がありますが、税金で運営され、公共の福祉に従事する使命がある国や自治体でさえ、これを積極的に行っている現実があります。正直言って、そこまでお金を出し渋る理由が思いつきません。

 

 

こんな奴隷未満の待遇でもボランティア活動に従事する人たちは、さぞ意識の高い、もしくは他に目的のある人たちで、しかも資金的に余裕のある人たちなんでしょうね。少なくとも僕にはとても理解できないし、やろうとは思いません。

 

 

芥川龍之介も、「良心とは厳粛なる趣味である」と言っています。自分がそれをやることで、快感を得たい、という欲求からはじまっています。それ自体はいいのです、自分が好きでやっていることですから。

 

 

問題は、そんな人たちの良心を、あろうことか自分の金もうけと、売名行為に使う者がいることなのです。しかも自分は呼びかけるだけ、何も動かないし、1円も出そうとはしない。

 

 

それでも他人のために、自分が助けになるのならいい、という人たちまで止めはしません。存分に自身の力を発揮してください。ですが、そういったことに否定的な人たちを攻撃するのはやめてもらえませんかね?

 

 

2.無償労働は、大事な金と時間両方が奪われる行為

 

時間とお金

 

 

当ブログでもっとも大切にすべき、と常に主張していきたいことがあります。お金と時間の確保を最優先にすべきである、ということです。

 

 

人生は時間でできています。自分の意志で使える時間を最大化することで、人生は充実します。いくらお金があっても、それを使う時間がなければ、ただ貯金として積みあがっていくだけです。また、体を休める時間がないと、体調も悪化します。

 

 

もうひとつの要素、お金。これは説明するまでもないですね。人生を充実させるためには絶対に必要なものです。時間だけあっても、お金がないと何も動けないまま、年をとるだけになってしまいます。

 

 

人生を充実させるための二大要素、お金と時間。これらを浪費する活動はできるだけ避けよう!というのが本記事の主張です。聞こえのいいボランティアだの、奉仕活動だのといった単語を見たら、ひとまず疑ってみるほうが健全です。

 

 

大切な人生の一部である時間を使って、得られるものは、自己満足だけ。次につながるものがほとんどない。宣伝がうまい人なら、SNSを使ってそれらにつなげることができるかもしれませんが、大半の人たちはそうではないはず。

 

 

SNSで人から注目を浴びたい、という欲求があるのはわかりますが、それを実現するためにどうしても必要なことが、ボランティアをやることでしょうか?僕にはそうは思えません。

 

 

まして、税金で生計をたてているにもかかわらず、他人にはそれを出そうとはしない役所の言うことを、疑いもなく信じられる人は、本当に尊敬すべき人たちです。すばらしい!ですが、それをしない人たちを軽蔑しないでほしいものです。

 

 

特に悪質だと思うのは、高校や大学の、単位取得に必修項目として、ボランティアがあることです。僕の通っていた大学も例外ではありませんでした。

 

 

僕自身は、他からの編入でそこに入ったので、1年生に課されるその「ボランティア」をやらずに済みましたが、自発的とは程遠い「ボランティア課題」をやっていたら、まちがいなく表情がこわばったまま、それを隠すこともできなかったでしょう。

 

 

当然、そのことを奉仕活動の対象たる人たちにあっさりと見破られ、双方気まずい雰囲気のまま活動を終えたに違いない、と今でも思えるのです。

 

 

しかもそういった「ボランティア課題」は、企業でも当然のように行われます。ですが、これは仕事の一部と言えなくもないので、いやいやながらそれをやる意味はあると思います。でも、自分だったらそれが顔に出ますね。とにかく、ウソが下手なんですよ、僕は。

 

 

3.無責任な人間ほど、他人に責任を求める、そんな人間とはつきあうな!

 

欲が深い

 

 

誰とは言いませんが、よくいますよね?自身は無責任なくせに、他人にはやたらと責任や保証を求める人が。

 

 

最近人を集めだした首里城の修復作業。税金で補助金までもらっておいて、あげく寄付金まで集めておいて、実際の作業にボランティアを使おうという沖縄県、れっきとした自治体です。

 

 

潤沢な資金をどこに使うつもりでしょうか?ニュースだと地域振興策の一環だということですが、だったら作業に来てくれる人に報酬を出して地元の飲食や宿泊に使ってくれた方が地域経済にとってよいのではないですかね?

 

 

法律を守れ、といつも言っている連中が自らすすんでこういうことをやらかすのです。彼らを取り締まることは実質不可能でしょう。となれば対策はひとつしかありません。こういう案件に一切かかわらないことです。

 

 

国に、自治体に、地域に貢献できる?違うでしょ、あなたたちの利益のためでしょ。自分の利益をさも公的な利益のように偽装するのはやめていただきたい。しかも反対意見はいっさい聞き入れない。

 

 

議論しよう、話し合おう、と声高に言う人に限って、いざその場に立たされると逃げるのはなぜなのでしょうか?おそらく言葉の定義が世間一般とまったく違う人たちなのでしょう。

 

 

こういう人たちと関わるのは人生の、命の浪費です。この場合、逃げでも何でもないし、たとえ逃げても何ら恥じることはありません。なぜ最初から不当だとわかっている場に逃げずに出なければならないのでしょうか?

 

 

とまあ、少し感情的になってしまいましたが、とにかく、僕があなたに一番大事にしてほしいのは、自分のお金と時間だということなのです。普段仕事や余計な人間関係で疲れているのに、わざわざこんなみえすいたことに参加しに行くこともないかとは思いますが、参加しないとこぞって叩きにくる恥知らずな人が一定数いるので、あえて申し上げます。

 

 

ボランティアは奴隷未満の苦役です。これを強制するのは憲法違反です。

 

 

苦役につかないからとこちらをたたいてくるのは頭のおかしい人です。無視しましょう。

 

 

お金と時間を浪費するのは、こちらにとって無益な行動や、それを強いる人との関わりが主です。これらと関わらないのが今すぐでき、なおかつお金も消費しない解決策のひとつです。

 

 

そんなことに費やす時間があったら、本のひとつでも読んでいたほうがマシです。

 

 

東京オリンピックのボランティアなんて、何ら公共の福祉と関係ない、ただの商業イベントでしかありません。こういう行事に奴隷未満待遇で、強制的に参加させようとする組織が残念ながらたくさんあります。

 

 

一番悪質なのが、単位認定や業務の一環という名目で行動を縛り、半ば強制的に参加させようとする試みです。こういうことをさせられる人たちのことを思うと、胸が痛みます。

 

 

感染力が強く、しかも終息の気配が見えないコロナウイルスの影響か、ボランティアも辞退する人が増えて、人が足りなくなっているみたいです。苦役に参加して病気をもらったんじゃ、完全に持ち出しですからね。

 

 

あなたが対象かどうかはわかりません。ですが、こんな行事に参加させようとしている時点で、その組織は従業員を使い捨てても問題ない、と考えているとは思えませんか?

 

 

基本中の基本ですが、自分の身は自分で守るしかありません。自分のお金と時間を浪費するものから自分で身を守るためには、思い切った行動が必要な場合があります。

 

 

むろん、すべての方が独立、起業する必要性もないとは思います。ですが、こういう人を人とも思わない連中から距離を置くためには、自分で稼げる能力を身に付けないと、いつまでも搾取されるばかりです。

 

 

非正規雇用や名ばかり正社員では、今ある身分もいつ消えてなくなるか、わかったもんじゃありません。そんな先の見えない状態から、一歩抜け出し、次を考える余裕を持つことがサバイバルに必要な要素になってきている、と僕は考えています。

 

 

4.まとめ

 

 

1.ボランティアとは本来「自発的に何かを行う行為」のことです。タダ働きという意味はありません。
2.国や企業の募集するボランティアは、奴隷未満の苦役です。行ってはいけません。
3.「良心とは厳粛なる趣味」です。趣味を他人に押し付ける人に関わってはいけません。
4.人生を充実させるための2大要素、お金と時間。これらを浪費するかしないか、常に考えてみてください。
5.お金と時間を確保するための方法はあります!

 

 

毎年各地で災害が起きているのは確かです。ですが、ボランティアは本来自発的な行動、良心や善意に基づくものです。公共の福祉という名目であろうと、他人にそれらを強制されるいわれはありません。

 

 

 

まして、オリンピックなどという完全に商業目的のイベントで、善意を強制する連中にかかわると、ロクなことにならない、ということは少し考えればわかることでしょう。

 

 

私利私欲のために他人の善意を悪用する人種には、なるべく関わらないようにしましょう。

 

 

今すぐできることは、そういうイベントには参加しない、そのテの情報を見ても無視することです。お金も時間も浪費しない、こころもからだも損なわない、合理的な判断で危険を避けることが大事です。

 

 

人生を充実させるために絶対に必要なお金と時間、それらを得るためには、自分がそれを手に入れることにできる能力を身に付けることと、それらを浪費させる行動を取らないことが重要です。

 

 

能力を身に付けることはすぐにできないかもしれませんが、お金と時間をドブに捨てる行動を取らないことは、すぐにできます。

 

 

 

できることを、まず実行してみる、人生を改善するために、まずは第一歩を踏み出すのが大事だと、僕は考えています。

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