4.”無用の人”への転落はあっという間!

ハローワークでは仕事は決まらない…

 

 

※無用の人——働こうにも仕事がなく、世間からは役に立たないとして無視されている人 (国語辞典より)

 

はい、読んで字のごとく、です。

 

雑誌社から放り出されたあと、僕は仕事が決まらず、生活費を稼ぐために某家電量販店でアルバイトを始めました。

 

なぜ、家電量販店かって? そこしか時間の自由が効く所がなかったからです。フルタイムだと、求人に応募する時間がなくなり本末転倒ですから。

 

母に迷惑をかけているのはわかっていましたが、かじれるスネならかじっておいたほうがいいです。妙なプライド出してもメシは食えませんよ。

 

なんて、威勢のいいことを書いてますが、バイトに関してはやる気ゼロ。ジャンルによっては多少の商品知識こそありますが、レジ操作なんてできるだけ逃げ回っていたほどです。

 

そもそも人と関わる仕事は得意じゃないという…何やってんでしょうね、このアホは。

 

ともかく、月10万にも満たない収入でしたが、それで求職活動の費用を出してハロワにも通い続けました。

 

——結果は例によって例のごとく苦戦するばかり。

 

書類選考すら通るのはまれで、ときどき書類が通って面接に進むも、雲をつかむような感触で、まるで勝ち目が感じられない。

 

経験されている方も多いとは思いますが、面接に来た担当者がその場で履歴書を読みだすのはどうなんでしょう?電話して履歴書持参、というわけではありませんよ、1度履歴書を郵送して面接にのぞんでいるのに、です。

 

この時点で、採用される確率ゼロなわけですが、これ以上この茶番劇を続ける意味があるんだろうか、と素直に顔に出るのがさらによくない。ウソつくのはヘタクソですから。

 

面接は化かし合い、とまで言い放つつもりはありませんが、それなりに飾る必要はありますからね。

 

でもね、ここまで相手がやる気のない対応全開でこられるとですね、こっちも誠意ある対応を、とはいかないわけですよ。人間ですからね~。見込みのない面接なら、さっさと切り上げるしかない。

 

何の成果も得られないまま、時間だけが無情に過ぎ去っていきます。

 

 

名ばかり正社員は、非正規雇用と変わらない

 

 

そんな惨状を見かねたのか、母が親類のツテを頼り、僕はある業務用宅配弁当を売る会社に就職することになりました。1回目は若いから、2回目はツテ(コネというにはあまりにもショボすぎます)。いや~、ここまで正社員に縁がない男もいるんです。

 

カタチだけですが、面接にも行ってきました。今度は書類選考なしですから、目の前で履歴書を読んでも問題ないですよ?

 

何を話したのかは良くおぼえていませんが、ゆくゆくは管理部門でどうこう…なんてことを言っていたようなないような…

 

まさかそんな言葉を真に受けるほど、ウブではなくなっていましたが、これでひとまず一息つけるな、とは思っていました。芽が出ないとわかっている所に種をまくようなことを繰り返すのは、本当に心が折れます。あんなことは、二度とゴメンです。

 

最初は、現場を経験させる、という方針みたいで、朝6時から弁当の盛り付け作業からはじめることになりました。

 

早起き自体は苦手ではなかったものの、疑いぶかくなっていた僕を警戒させる条件ではありました。願わくば、それが杞憂でありますように、と祈るだけです。

 

——そんな不安を即現実のものにしたのが、仕事を始めて間もなく、現場の責任者が僕に放ったひとことでした。

 

「労基法なんて、守ってらんねえ」

 

はあ…正直ですねえ。でも、それって新入社員にいきなり言うことなんですかね?開始早々やる気が地に落ちましたよ?

 

彼は、とーっても誠実で、ウソが大嫌いな人なんでしょう。そう、労働基準法という法律があるのは誰だって知っています。でも、それを馬鹿正直に守っている会社なんて、言っちゃ悪いがどこにもない。

 

年間休日70日未満とか、月給手取り11万円とか、態度デカいおばさん多数とか、零細なのに部門だけは細かく分かれているとか、ステキな要素がめいっぱいの同族企業バンザイ!

 

もう、絵に描いたようなブラック要素しかないこの会社を前に、早くも雲行きがあやしくなってまいりました。

 

——わかりきっている結果から申しあげましょう。この会社には13カ月で別れを告げました。

 

こういう、肩書きだけは正社員だけど、実際の待遇はバイトや契約社員と変わらない人のことを、名ばかり正社員と呼びます。全国に大量にいらっしゃいます。

 

とぼしいツテまで頼って得たものがこれです。月手取り11万円で、どうやって自立すればいいのでしょうか? 第一、先輩社員の目が完全に死んでいます。しかも僕と同年代なんて誰もいません。みんな50歳をこえていました。

 

「おめえはまだ若いんだから、こんな所に来るのは早すぎんよ」

 

先輩に言われたひとことが身にしみます。説得力ありすぎで、ひたすら力が抜けていくばかりでした。これから、どうしよう?

 

 

29歳と30歳の間にある、鋼鉄の壁

 

 

僕はこれ以後、正社員になることはありませんでした。もう年齢も30歳になろうか、というときです。

 

今だったら、30歳でも正社員の口は探せばそれなりにあります。でも、当時はまだまだ29歳と30歳の前にはこえがたい壁があったのです。これからまた求職活動をしても、間違いなく30歳をこえる。

 

唯一あった若ささえもなくなると、自分には本当に何の価値もない。正直、当てのない求職活動を極端におそれていました。

 

とにかく、生活費だけはどうしても必要になります。知人が勤めていた、とある非正規雇用に何とかしてもぐりこみました。事務系の派遣労働です。

 

これで、非正規雇用の形態だけで言うと、大体は経験したことになります。しなくてもいい経験ですがね。

 

仕事自体は楽でしたが、フルタイムだったので、仕事を探すのは面倒になりました。一応帰宅してからネットで探してはみるものの、結果は例によって例のごとく、ひからびた商品だけが回っている回転寿司状態。

 

契約を切られる2年11ヵ月後まで、事態は一向に進みませんでした。

 

なぜ2年11カ月なんだ?というツッコミが入るかもしれませんので、一応ご説明を。

 

当時の法律で、非正規雇用で3年を経過した労働者には、雇用側が直接雇用を申し出なければならない、と決められていたからです。

 

当然その対策としてもっともメジャーだったのが、直前の2年11カ月で契約を打ち切ることだったのです。そりゃ、そうなりますよね?

 

正社員を希望する人にも、このまま非正規でもいいから仕事が欲しい人にも、役に立たないどころか害でしかない、国は本当に無意味な政策しかやりません。予算通すまでが仕事で、その先は知ったこっちゃないからです。

 

契約を切られて完全に無職になった僕はまさに、”無用の人”になりました。

 

30歳をこえると、1段階求人数が減ります。ハローワークの職員の対応もぞんざいになります。泣きっ面にハチどころか、散弾銃ですよ、これは。

 

今見ている景色がすべて変わって見えるようになりました。輪郭がぼやけて、現実感がなくなるような感じです。誰からも必要とされない男には、似合いの風景と言えなくもありません。

 

ここまで来て、ようやく気が付きます。自分で仕事をつくりだすことはできないものか?と。

 

 

つづきはこちら 5.考え方と行動を変えたことで120日で月収35万に!

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